こんにちわ
ヴィンテージ看護師です。
何かのきっかけで、誰もが一度は聞かれたことある
「どうして看護師になろうと思ったの?」
私も何度か、話しの流れで聞かれたことがあります。
私は毎回返答に悩むんです。
今日は、看護婦にならないという決断をされた
「風、薫る!」のゆきさんに触れながら お話したいと思います
【風、薫る!】 ゆきさんの決断 看護婦にならない
看護の道を選ぶのも大きな決断
大きな決断だからこそ
看護婦(師)にならない と決断をすることもまた
大きな決断なんですよね。
『風、薫る』 でゆきさんは看護師への道を断念されましたね。
どんな仕事でも 自分にあう あわない ってありますよね
思い描いていた世界ではなかった って誰でもあります
選んだ道が 全てではないですから
看護の道が 自分にあっているのか 合っていないのか なんて
最初からわからないです
バーンズ先生が ゆきさんを抱きしめた場面
私は、涙ボロボロ・・・
とても寂しくて残念な事だけど
ゆきさんの決断を応援した バーンズ先生の
温かい思いだと思いました。
ナイチンゲールへの憧れと現代の看取りのカタチ
ゆきさんは 華族の娘
ナイチンゲール女史に憧れ 看護婦の道へとすすみました。
患者さんの死に向き合う中で
バーンズ先生が
看護婦は人を助けるだけではなく、
見送る仕事でもある ってお話をされましたね
その課題に対して
ゆきさんは
自分は「人の生き死に関われる人間ではない」と答えを出しての決断
でした。
この自分で答を出したことが、ゆきさんの強みですね。
ゆきさんのように 同じ思いの看護師の方は大勢おられると思います。
人の死に慣れてはいけない
私も何度も そういう場面を経験してきましたが
そういう場面であるからこそ、
看護師でいること 感情移入しないようにと
淡々とします。
もちろん、毎回できるわけではありません。
感情移入してしまい、気持ちのやり場がなくなる時もあります。
それでも 表情に出さず 流されず お見送りをします。
若手のナースには どう言葉をかけるのか?と今でも、自問自答です。
そして時代の差はあるので 当然の事なのですが
ゆきさんが 最期の時まで寄り添い
患者さんの手を握り、お見送りをしたその姿。
今であれば 機械に囲まれ モニター音が響く最後の時間・・・
病院は治療するところなので仕方がないことですが
こうして、最期の時は、機械ではなく誰かに傍にいてほしい
そう願うからこそ
自宅に帰りたい と願う患者さんが多いのではないでしょうか?
時代背景や家庭環境も複雑な現代仕方がないことですが、
ゆきさんのような行動も
一つの看護の形だと考えさせられました。
【風、薫る!】10週目のタイトル 「疾風に勁草を」
疾風に勁草→風雪に耐える強い草 を意味し
そこから
困難や逆境のなかでも決して信念や節操を曲げない 意志の強い人物
という意味なんです。
りんさんもトメさんも 家族の看護を経験し
何もできなかった 助けたい
という思いから看護の道を選ばれている
直美さんは、
(看護婦の仕事を)あまり好きではない と話しておられました
看護の道って
憧れでできるものでもなく
自分にあっている だけでもできるものでもない
教養や知識だけでも成り立たない
と私は思っています。
なぜ 私が看護への道を選んだのか
そして続けてこられたのか・・・
今でもはっきりとは、わからないんですよね・・・
ただ・・・
看護師の仕事をしている時の自分が好き ということ。
ゆきさんのように 深く考えたり 繊細なところはなかったので
こうやって 続けられているのかもしれません。
こちらも合わせて読んでいただけたら嬉しいです

まとめ
【風、薫る!】ゆきの決断 看護婦にならない決断
- 看護の道に進まないという決断もまた素晴らしい勇気
- 自分に合う仕事かどうかを最初から見極めるのは難しい
- ゆきさんの背中を温かく押したバーンズ先生の涙
ナイチンゲールへの憧れと現代の看取りのカタチ
- 死と向き合い自分の限界を知ったゆきさんの強さ
- 感情を律して凛と患者を見送るナースの姿
- 機械の音だけではなく誰かに手を握られる最期の時間の尊さ
【風、薫る!】10週目のタイトル「疾風に勁草を」
- 逆境の中でも決して信念を曲げない強い意志
- 教養や知識、憧れだけでは続けられない看護の道
- 看護師をしている時の自分が好きというシンプルな原点


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