白い巨塔と看護師の40年 三世代が混ざり合う現場のリアルな姿

あの頃と今のナース

前回は、ドラマ「白い巨塔」の3人の医師・財前五郎を比較してみましたが

今回は視点を変えて、医師の傍らで共に命と向き合ってきた

私たち看護師にスポットを当ててみたいと思います。

昭和 平成 令和

時代と共にドラマの舞台が変わるように、

看護師を取り巻く環境も劇的な変化を遂げてきました。

ナースキャップが消え、ワンピースがスクラブに変わっただけではなく

そこには、「働く女性」としての地位や

資格への向き合い方も大きく変化していきました。

私がまだ新人だったころの、記憶を掘り起こしながら

看護師の40年史を「白い巨塔」の風景に重ねて綴ってみたいと思います。

 

 

昭和の看護師とナースキャップ:規律と奉仕

 

昭和の「白い巨塔」(田宮二郎版)を観ると、

糊のきいた真っ白なナースキャップとワンピース姿の ”看護婦” たちです。

当時は、医師が絶対的な権威

看護婦はその、「王様」の一歩後ろを歩き、いつもドキドキしていました。

何か質問をされて、応えられなかったらどうしよう・・・

医師の要求に、素早く応えられる看護婦が、”優秀な看護婦”

として認められていました。

「先生」なんて、気軽に声をかけることなんてできなくて、

医師と話しているのは、婦長さんや主任さんだけ・・みたいな時代でした。

ほんと 今では考えられない時代でしたよ

 

昭和の看護婦はまだ ”女性が手に職を持つ” 事が珍しかった時代

家庭の事情で、進学を諦めざる得なかった少女たちが、病院で働きながら

”准看護学校” へ通い、自らの力で人生を切り開いていったのです。

朝早くに出勤して、夜勤明けの先輩を手伝い、そのまま日勤業務。

午後から学校へ行き、戻ってまた消灯まで勤務・・・。

今、若い人が聞いたら驚くようなハードな日々でしたが、

不思議と、仕事が ”辛い” と思う事はなかったんです。

 

辛いと言えば・・・

授業中の睡魔との戦い! これが一番つらかった!!

難しい授業はなおさら眠い、全く頭に入ってこなくて、

「今から小テスト行います」と言われたら、「最悪、おわった・・・」

って毎回なっていたのを覚えています。

 

現場では

教科書では学べない 「現場の知恵」 を目で見て、手に触れて学べた時代

厳しい先輩もいましたが、学ぶことは多く、知らない世界を知れること、

できなかったことができるようになることが、辛いより楽しいという気持ち

にさせてくれたように思います。

それはそれで 良い時代だったと思います。

間違いなく私の看護師としての根っこを作ってくれました。

 

平成から令和へ:専門学校から大学へ 高まる専門性と「パートナー」への新化

 

時代は流れて、平成(唐沢寿明版)から令和(岡田准一版)へと移るにつれて

看護師の風景は劇的に変わりました。

高校卒業後に専門学校へ進むのが当たり前になり、

看護婦から看護師へ呼称も変化。

さらに、令和になると看護大学卒業が大幅に増え、高度な知識を備えた

”専門職” へと看護師の地位は確実に向上しました。

 

岡田准一さんの令和版で描かれている現場は、機能的なスクラブに身を包み

医師の指示を待つだけではなく、看護師自らアセスメントを行い

意見を述べる姿です。

昭和の時代の大名行列のような回診は影を潜めて、

医師と看護師は対等な ”医療チーム” となりました。

その反面、教育の場が大学と移ったことで、志の形も変わったように思います。

「幼い頃からの夢」だった人だけではなく、「就職に困らない資格」

現実的に職業を選択する層が増えたように思います。

カジュアル化・効率化された現場は、重苦しい緊張感から解放された一方で

どこかサバサバとした雰囲気に変化していきました。

 

三世代が混ざり合うナースステーション・時代を超えて良いとこ取りの看護

 

現在、実際の現場には、昭和の背中を見て育ったベテラン、

平成の激動を生き抜いた中堅、そして 令和の若手が混在しています。

そこで起きるのが、教育方針のズレや価値観の衝突です。

 

皆さんの現場でもありませんか?

 

昭和の ”見て覚える” 時代の看護師が、

令和の ”根拠(エビデンス)は何ですか?” と問う若手を指導するのですから

戸惑いが起きることは当然のことなんです。

どちらが正しいとかという議論は、無意味なように私は思っています。

 

医師に従順だった昭和の看護師は、患者さんに寄り添い

眼で看て、手で触れ小さなサインを見逃さない ”目” を持っていました。

令和の看護師は、

最新の知識と技術で、医師と肩を並べて命を守る ”力” を持っています。

 

実際、昭和の看護師は本能的に動きます。

なせそうしたのか?を問われると、返答に困ります。

頭より先に体が動くのです。

若手看護師は、身体より頭を先に働かせ、

こうだから、これをする という感じです。

 

時代が変わっても、「白い巨塔」という作品が、魅力的なのは

「命を救いたい」と思う気持ちは。どの時代も同じだからだと思います。

 

昭和の献身と、令和の専門性。

その両方の良さを認め合い、「良いところ取り」をしたら

きっと素晴らしい「看護の姿」になるのではないかと私は思います。

 

まとめ

 

昭和の看護婦とナースキャップ:規律と奉仕

  • 絶対的権威の背中を追った日々、キャップがくれた仕事のスイッチ
  • 「看護婦」と呼ばれた昭和の風景、一歩後ろで磨いた現場の知恵
  • 働きながら夢を掴んだ苦学生時代、睡魔との戦いが築いた看護の根っこ

平成から令和へ:専門学校から大学 高まる専門性とパートナーへの新化

  • 白衣からスクラブへと変わる景色、指示を待つ助手から対等な相棒へ
  • 大学教育が変えた看護のカタチ、高度な知識で命を救う専門職の今
  • 岡田版「白い巨塔」が移すリアル、自ら考え動くチーム医療の夜明け

三世代が混ざり合うナースステーション:時代を超えて良いとこ取りの看護

  • 「直感」のベテランと「根拠」の若手、三世代が紡ぐ新しい看護の姿
  • エビデンスか経験か?価値観のズレを「強み」に帰る現場の作法
  • 時代が変わっても命への思いは同じ 三世代で描く理想のチーム医療

 

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